太田旅行記
2009年 またまたWhite Sacasでスケートよ(by やっちまさん)
(本人の強〜い希望により)ダーリン改め同居人と太田由希奈さんのアイスショー最終日を見に、またまた赤坂サカスへとお出掛けしてきました。
前回の旅行記は
http://4travel.jp/traveler/yasuyo/album/10298145/JIM THOMPSON'S Tableでタイ料理ブフェ
アイスショー
コート・ド・ルージュでマキシム・ド・パリの苺のミルフィーユ
の順で記載します。
韓国紀行10(4):4月30日(1)悪天候、釜山から電車でソウルへ(by 旅人のくまさんさん)
<2002年4月30日(火)>
旅行も今日が三日目、あっという間に日が過ぎてゆきます。これからの目的地は韓国の北東、ソクチョ(束草)、ソラクサン(雪嶽山)の方面です。刺身が安くて美味しかったテポの港には、泊れる宿もあります。昨年、ハングル語口座の李先生たちとMuさんが泊まったとお聞きした宿です。今回も、その宿にしようと予定していました。
相変わらず天候の崩れが気になります。先ずはキメ(金海)空港へ行って運行状況の確認です。つい最近の悪天候による航空機墜落事故の影響が心配されました。
<キャンセルばかりのボード>
キメ空港へはリムジンバスで向かいました。昨日調べておきましたので、時刻も乗り場もわかっていました。昨日、釜山の大韓航空事務所で、
「リムジンバスは市外バスターミナルに停まります。それ以外には停まりません」
と、調べても貰った事も役に立ちました。キメ空港の出発ボードには相変わらず赤字でキャンセルの文字が並んでいました。時々、済州島発の便のキャンセルの文字が消えましたが、やがてまたもとの赤字に戻ってしまいました。
昼近くまで待っても、この状況は一向に変わる気配はありませんでした。私達のところや、他の乗客のところにタクシー運転手さんがやって来て、片言の英語で
「ソウル? テジョン ノー キャンセル タクシー プリーズ」
等と少し怪しい英語で、飛行機が発着しているらしいテジョン(太田)までタクシーに乗っていけと勧誘にきました。全ての便がキャンセルになっていますので、運転手さんも必死です。
急ぐ旅でもないですし、もし、テジョンまで行ってキャンセルになったらつまらないので、全て
「ノー サンキュー」
と言って、断りました。外国の団体客も見掛けましたが、こちらはガイドさんと思しき人が、マイクロバスなどを用意して、テジョンへ向かったようでした。
大分前の慰安会旅行の時、キンポ空港から、ソクチョ空港へ飛べなくなった時、6時間余りをかけて半島を横断した事があります。翌日のソクチョでのホテルを予約してあったからです。その時と同じ状況だと、横目で眺めていました。
<空港での朝食>
手持ち無沙汰だし、お腹も空いてきましたので、空港内の中華料理店に入りました。中華料理のメニューがテーブルにありましたので、焼ソバを注文しました。ところが、
「中華料理は出来ません。韓国料理だけです」
といって別のメニューを見せてくれました。それでスンドウプを見つけ、これを注文しました。いつもの朝食と違って、器は立派でしたが、キムチは木の器に3種類だけでした。値段は高めで5千5百ウォン、日本円換算では550円でした。冷静に考えてみますと、朝食の時間でしたから、メニューが制限されていたためのようでした。
後で見つけましたが、1階には大衆店もありましたので、こちらで食事をすればよかったかもしれません。しかし、使ったお店は、値段は高かったものの、ソファーのような立派な席でした。客も少なく、食事の後も暫く休憩を兼ねて店にいました。
<予定変更、クポ(亀浦)の街>
事態は好転する気配を見せませんでした。結局、ヤンヤン行きの便をキャンセルし、バスでソウル近くまで北上する事にしました。飛行機はチケットを買っていなかったので、正解でした。
釜山を出発した電車は、クポにも停車します。Muさんが以前に入手した韓国のシガッピョ(時刻表)を調べてくれて分ったことです。最初はプサンまで戻って、ムグンファ号かセマウル号に乗車しようと考えていました。クポにムグンファ号が停まってくれれば、大分時間の節約になります。プサンまで戻ってセマウル号に乗ったとしても時間は余り変わりがなく、ムグンファ号であれば、大分遅い時間の水原(スウォン)到着になります。
この街は、以前に岡崎のハングル語講座の先生達とクポの図書館、ムン(文)先生のご自宅を訪問した時に立ち寄ったことがあります。釜山広域市の北に位置しています。高層のマンション群が立ち並び、釜山のベッドタウンになっているようです。
空港から、そのクポまではバスで向かいました。途中、道路工事の場所があり、大きく迂回しましたが、それ程時間はかかりませんでした。親切な運転手さんで、バスを降りた二人に、バスの前方右手を指差して、クポの駅を教えてくれました。軽く手を振ってお礼をしました。その駅は、バス停からは余り距離はない位置でした。
それほど強くは無かったものの、雨が降ってきました。今回の旅で本格的な雨に遭ったのはこの時だけです。上手に雨の合間を縫ったような行程になりました。
<列車で水原、新川へ>
あまり待たずにムグンファ号に乗り込むことが出来ました。車内はガラガラでした。切符はスウォンまで買っておきました。ソウルの少し南で、ソウルまでは地下鉄でも乗り入れることができます。世界遺産に指定された水原城で有名な古都です。
車内販売がやってきましたので、昼飯代わりにスナック菓子、ビールとおつまみを買い込みました。電車の外は、本降りになってきました。
最初は少なかった乗客も、大きい街での乗降が多くなり、立ち席の人も出るようになりました。前の席に座った中年の女性、こちらではアジュマと呼んで差し支えの無い4、5人組はペットボトルの飲み物を回し飲みしていました。最初はジュースかと思いましたが、次第に会話が弾みだし、真っ赤な顔になったアジュマもいました。やっと、それがマッコルリである事が知れました。
予定通りスウォンへ到着しました。まだ空が明るい時間でした。キメ空港で早めに判断して、ムグンファ号を選択した甲斐がありました。
<新川の宿>
翌日、キンポ空港からヤンヤン空港へ向かいますので、最初のスウォン泊を予定変更してソウルの郊外、シンチョン(新川)泊にしました。ガイドブックによれば、宿は沢山有りそうだし、飲食店も揃っていたからです。何よりも、キンポ空港へのアクセスが便利です。地下鉄1回乗換えだけで済みます。
駅前には大きなビルもあり、地名の「新」が似合う新興の繁華街のようです。先ずは宿を探す事にしました。最初、旅館街がある方向への地下鉄の出口を間違えましたが、再度地図を確認して旅館街へ向かいました。その方角へは少し登りとなっていました。
ホテル街には旅館が密集し、余り多すぎて選択するのに迷うほどでした。なるべく外装が大人しそうで、余り高そうでも無い宿を探してチェックインしました。1泊3万ウォンでしたので、ほぼ予算どおりでした。荷物を置いた後、早速シンチョンの散策を兼ねて食事に出ました。日が落ちて、丁度いい時間となっていました。
<新村の飲食店>
シンチョンは若者の街です。学生の街といてもよいでしょう。もう1つ加えるなら、新しい街でもあるようです。行き交う人は若者ばかりで、サラリーマン風の人は少なく、家族連れは更に少ないように観察しました。
通りは賑わっていましたが、店の中はそれ以上に賑わっていました。人気店では、店の中だけでなく、外でも若い人が順番待ちをしていました。美味しそうな店は満席で、順番待ちをするのは躊躇されましたので、比較的空いている店にしました。鳥料理が専門で、煮込んだ鳥の料理を注文しました。例によって麦酒は1本だけ、後は百歳酒を2本飲みました。締めて2万2千ウォンでした。百歳酒が1本5千ウォン、麦酒が3千ウォン程度ですから、料理の分は1万ウォン以下、一人当たり5百円以下でした。
鳥鍋料理はたっぷり量があり、どちらかと言えば、若者向きの濃い味に仕上げてありました。鍋が終わった後で、焼き飯を作ってくれるように予め頼んでおきました。その焼き飯の料理が少し遅れました。最初に注文を取ってくれた若い店員の人に催促したら、勘定の時、「パブ(ご飯)の分をサービスしておきました」と言ってくれました。
食事の後もシンチョンの町を散策しました。薪を焚いて鶏の丸焼きを見せている店や、ビデオでメニュー紹介をやっている店など、ユニークで、魅力一杯の街でした。
キメ空港で
春嵐電光板に顔思案
水原へ向かう電車の中で
走り梅雨車窓の人となりにけり
気侭旅穀雨眺めつ缶麦酒
近き山晴れて遥かな山霞
韓の国縦断の時四月尽
【旅行時期】2002/04/28~2002/05/04
【エリア】
釜山
【テーマ】
【投稿者】
旅人のくまさん
寒いけどソウルへそしてKTX(by koncyanさん)
羽田発金浦空港へ
イテオンクラウンホテル泊
ソウルからKTXで太田へ
帰りはセマウル号でソウルへ
広島西飛行場(by jilllucaさん)
広島西飛行場は、93年三原市本郷に現在の広島空港が開港するまで広島空港だった飛行場。
広島市西区の太田川放水路沿いにありアクセスも非常にいいのですが、現在は一日に鹿児島便3往復、宮崎便1往復の日本エアコミューターの定期便が飛来するだけのローカル飛行場です。
街中の飛行場で滑走路は1800mしかないのですが、かつて広島空港だった時代にはボーイング767が離着陸していたそうです・・・今となっては想像もつかないですが・・・。
現在、県と市、住民の中でこの飛行場の存続、廃止の問題が燻っているそうです。
バリ島旅行記(2):5月24日:バリ島・クタ海岸、バリの宿(by 旅人のくまさんさん)
<1996年5月24日(金)>
ガルーダインドネシア機で6時間あまりの飛行、無事デンパサール空港に降り立ちました。その途端、南国特有の空気の匂いと言った気配を感じました。
<父から聞いたインドネシアのこと>
インドネシアは、今はもう亡くなった父から、よく戦争の頃の話を聞かされました。そのこともあって、今回の旅は殊更感慨が深い部分がありました。
父からは、ジャワ、スマトラ、ボルネオ、ハルマヘラなどの島の名前や椰子、タロイモ、パイナップル、バナナ、マンゴウ、ドリアン等の食べ物の話を繰り返し聴かされました。
父が教えてくれたインドネシアの民謡は今でも覚えています。日本でもお馴染みの『かわいいあの娘』の題名で知られている歌です。日本語の訳詩は『かわいあの娘は 誰のもの かわいあの娘は 誰のもの かわいあの娘は 誰のもの いえ あの娘はひとりもの』で知られている歌です。昔聴いた音訳は適当ですが、『ノーニャー マニサパ ヤンプンニャン』の繰り返しのあと『ラサ サーヤ サーヤゲン』で終わる歌です。
『アンプン トアン』(お許しください旦那さま)を、非常識に日本語の『アンポンタン』と勘違いして、リンチを加えたりと、酷い兵士の話も幾度となく聴きました。
父は衛生兵の任務で、比較的安全な方だったようですが、それでも3度程は死を覚悟した場面に遭遇したと話していました。魚釣りの途中で機銃掃射に遭い、椰子の木の周りを回って難を逃れた話しや、移動中に魚雷攻撃を受けた時の話しや、終戦時の集結場所へ、ロバに乗っての移動の時の話などでした。
<ラマパレスホテル>
さて、宿はラマパレスホテルと言い、広い敷地に2階建ての建物を配置した、なかなか洒落た中にも、落ち着いた雰囲気を持っていました。部屋割りは、その建物の2階でした。全員が相部屋で、私は太田さんとの相部屋でした。これは日本をたつ前に総幹事の村井さんが調整してくれていました。
玄関前で首に花輪を飾られ、1人1人写真を撮られましたが、案に違わず有料記念写真でした。断ることもできたましが、一緒に写ってくれた方に悪いので、1枚だけを頼みました。
部屋に入る前に一応の説明を聞いたり、飲み物サービスを受けました。その間中、南国の強い香りが漂っていました。その香りは、花瓶に飾られた花や、首にかけてもらったレイ、庭に植えられた植物からも発せられているようでした。知らない名前の花がほとんどでしたが、極楽鳥花のような知った名前の花もありました。
その日の夜は、早速ホテルのすぐ前のクタ海岸と、宿の庭を散歩しました。ホテルの庭には色んな花が咲き、色んな香りが、そこかしこから漂ってきました。
<クタの海岸>
クタの海岸での潮騒や、満天の星の輝きにも、異国の情緒を強く感じることができました。これほど輝く星を見たのは、本当に久しぶりのことでした。繰り返し押し寄せる波の音にも暫く耳を傾けました。クタ海岸はバリ島の南部になります。ホテルからは歩いて直ぐ近くの、至近の距離にありました。
瞬く夜空には南十字星が輝いていました。星座のことはほとんど分かりませんが、それぞれが知っている星座を、指差しながら星空を眺めました。
海岸に押し寄せる波は、遠くの方まで白く砕ける波頭が見えました。上弦の月が明るく海を照らしていたからです。
インターネットからの情報ですが、インド洋の荒波によって海岸が伸縮され、帆の保全には日本企業も活躍しているようです。
バリ島へ着いて
大戦に征きし父より聞し国今訪れぬ赤道の国
レイ懸て記念写真を撮し夜バリの旅行の始りの時
投宿の庭を巡て夕刻の花は見えねど香寄来る
水中花ロビーに飾りしバリの宿極楽鳥花大瓶にあり
クタの海岸で
人も無き長き砂浜潮引て月下に砕くる遠き白波
上弦の月は清かに輝て南十字の位置の確かさ
瞬かぬ星を見慣れし長き日に瞬く星に驚きし夜
【旅行時期】1996/05/24~1996/05/28
【エリア】
バリ島
【テーマ】
【投稿者】
旅人のくまさん
太田館
〒510-0885 三重県四日市市日永2-11-14
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創業100年、木のぬくもり薫る純和風の割烹旅館
近鉄内部線日永駅より徒歩1分。玄関をくぐると四季の移り変わりを楽しめる中庭がお出迎え。料理は伊勢の新鮮な海の幸・山の幸をつかった割烹料理。秘伝の自家製タレと炭火を使った「うなぎ料理」が名物
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